宗教団体である「創価学会」と、「池田大作名誉会長」ほど、マスコミや世間から数々のバッシングを半世紀以上にもわたって受けている団体、個人はいないのではないだろうか。 これだけのバッシングを受けながら、今や世界192か国に日蓮大聖人の仏法を流布し、、SGI(創価学会インターナショナル)は世界宗教として発展を遂げてきている。 私もそのなかの一人の会員として、日蓮大聖人の生命哲学を、師匠である池田名誉会長より日々学ばせていただいている。 「宗教は人間の精神を培い、人間の営み全般に道徳基盤を与える」とは、マハトマ・ガンジーの言葉ですが、まさに宗教哲学なき人生は、羅針盤のない船のようなものです。 このブログの目的は、そうした人生全般にわたる指南を書き記しておく、私の学びのノートです。

たいへんお気の毒なことです。しかし、いつかは、誰人たりとも一度は死ぬものです。また、御主人を亡くされたのは、あなただけではありません。その悲しみは深く、寂しいこともあるでしょう、そいう目に会った人でなければ、その奥底の苦しみ、苦悩は、わかるものではないで ...

常楽我浄の ”常” とは、私たちの生命は三世常住です。永遠の生命であるということです。小乗経、爾前経は、その反対の諸行無常であり、永遠ではないと説いています。したがって、ずっと低い教えになります。一般に、世間の社会観、人生観というものを見ても、永遠の生命 ...

フランスの共産党は、「自由の宣言」のなかで、宗教に関する全き自由を謳い、イタリアの共産党は、バチカンとの共存を志向している。資本主義国の共産主義者たちは、宗教について、新たなる次元に立って、思考せざるを得なくなりつつある。現実の厳しさは、いつか人間の知恵 ...

「宗教上の不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸に対する抗議である。宗教は、なやめるもののため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。それは民衆のアヘンである」この宗教アヘン説は、以来、マルキストたちのイロハ ...

政治と宗教の問題は、社会主義体制のもとにあっては、鋭く対立せざるを得ない。政治権力による宗教抑圧政策は、日蓮大聖人の仏法といえども、その対立を危うくさせるにいたるだろう。日蓮大聖人は、当時の既成仏教を破折されたが、マルクスも宗教をアヘンとして批判した。一 ...

選挙があろうとあるまいと、学会行事は、いささかの変更もなく推進することが、たゆみない広宣流布の姿でなければならない。座談会その他、日常の活動を、一層、活発化することによって、まず、組織の活力を取り戻さなければならない。私たちは何をもって勝つのか。それは団 ...

本当の日本の国の平和と安泰を思う時、政治の分野では衆議院にも参議員にも、真に民衆のために体を張っていく妙法の使徒が、数多く輩出されなければならない。これは、教育の分野にも、また芸術や科学といった世界にも通ずることである。政治のための政治をするのではない、 ...

苦難にも負けず、たとえ倒れても、断じて立ち上がり、乗り越え、勝ち越えていくところに、人生の真の幸福があり、喜びがある。人生は、戦いである。人生は、挑戦である。人生は、鍛錬である。困難を避けて、人生はない。いかなる試練に直面しようとも、「さあ戦おう!」「成 ...

文化部設置という、この新しい展開に示された戸田先生の構想は、最初から人類の文化活動全般に向けられていた。それは、人間の幸福の実現をめざす日蓮大聖人の仏法の実践展開として、必然的なことであった。したがって、文化部の活動は、政治の分野に限られるものではない。 ...

昭和29年の秋ごろから、戸田先生の思索には、彼をとらえて離さぬ大きな構想があった。その構想は、彼の頭のなかで、重苦しいまでに膠着して、深く根を張り、いつか新鮮な芽となって萌え始めていた。その構想とは、広宣流布の伸展にともなう段階において、いつかは展開しなけ ...

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